日本語教師体験談(韓国大邱市)

世界の日本語教師体験談

○その学校への応募の経緯、きっかけ、探した方法


叔父が韓国を行き来する仕事をしていて韓国についての話をよく聞いていたので、自然と韓国に対して興味を持ち始め一度行ってみたいと思うようになりました。大学の卒業旅行で友達と自由旅行で韓国ソウルへ行き、実際に韓国の文化に触れ「ここで仕事をしながら住んでみたい!」と韓国行きを決意しました。

大学卒業後は地元の企業に就職する運びになっていたので「日本で数年働いて社会人経験を積んで、お金も貯めて日本語教師の道へ進もう」と計画を立てました。計画通りに2年で会社を辞め、それから1年間は日本語教師養成講座に通いました。

養成講座終了後にインターネットで海外の日本語教師の募集を探して、韓国の語学学校に履歴書を送りました。2つの学校に履歴書を送り、1つの学校から連絡をもらいました。自費で韓国に渡り、学校で面接と模擬授業をして日本に戻りました。その後、合格の連絡をもらって再び韓国へ。初めての日本語教師の仕事を始めたのが2004年です。

それから、韓国で出会いがあり韓国の人と結婚することになり子供も生まれました。子供が4歳を過ぎたころからソウルの専門学校で5年くらい働き、また別の学校でも教えたりして現在までプライベートレッスンを含め継続的に日本語教師の仕事を続けています。

○学校紹介や仕事内容

2004年の初の日本語教師の仕事は、韓国のソウルではなく京畿道の大邱市にある日本語学院と呼ばれる学校です。韓国で「学院」というのは日本でいう「塾」みたいなもの。基本的に韓国の語学学院というのは、生徒が登録すると毎日同じ時間の授業に出るというカリキュラムになっていました。朝は6時40分からの授業があり、それから御昼近くまで3~4コマくらいの授業をします。ほとんどが初級の授業でしたが、途中から朝一の授業は中級の授業もしました。
 

お昼休みから夕方までの時間は基本的に自由時間。韓国は出前の文化があるので、暑い日は出前を取って学院内で他の先生とお昼を食べることもありましたが、たいていは外に食べに行きました。学院は大邱の中心部にあったのでご飯を食べたり、その後コーヒーを飲んだりするような場所には困りませんでした。

夕方までの空いた時間で授業準備もして、夕方から夜10時近くまで3コマくらいの授業をこなしました。夜の10時くらいから家に帰るまでに韓国料理の食堂で晩御飯を食べて、次の日の朝の授業のために早く寝ました。次の日の朝は5時半起き。この生活を月曜から金曜までするのは、ある意味若いときでないと体力的に厳しいかなと思います。

○現地の言語は必要?

韓国に渡った当時、韓国語は簡単なハングルが読めるかな程度で挨拶くらいしか韓国語を話せませんでした。でも、学院での授業は「直接法」という方法(日本語で日本語を教えるという方法)で行ったので、韓国語は必要ありませんでした。生徒たちもメキメキと上達して、すぐに日本語で会話できるようになるので、生徒たちと仲良くしていると韓国語の必要性をより感じられませんでした。でも、買い物や外食で値段を言われて理解できるくらいの韓国語は最低でも知っておいたらいいと思います。

○こんなところがよかった

今は韓国も物価がかなり上がって、外食してもコーヒーを飲んでも日本より高く付くことも多々ありますが2004年当時は、まだ物価も高くなくて今よりもずっと安く韓国料理が食べられました。

私は基本的に辛い食べ物も好きだったし、韓国料理の味もどれも美味しいと思えたので「食」に関する部分が自分と合っていたのが一番よかった点です。お酒も好きなので、サムギョプサルやカルビを食べながらビールを飲んで、シメでテンジャンチゲや冷麺を食べるという晩御飯を楽しむのが最高に至福のときでした。

「食」以外にもう1つよかったのは「情のあつい人が多い」という点です。すごく好意的に話しかけてくれる人も多かったし、困っていたら親身になって助けてくれる人もたくさんいました。日本にいるときより、孤独を感じにくい国だなと思いました。

○苦労したこと

日本語教師の仕事をしていて苦労を感じることは、ほとんどありませんでした。でも、過労がもとで高熱を出したことがあり病院へ行くにも韓国語ができないので困りました。学院長が付き添ってくれて、診察を済ませ無事薬ももらって回復しました。病院や郵便局など、言葉ができないと困るような場所はある程度の言葉を自分で調べてコミュニケーションが取れるようにしました。

結婚して韓国で住むことになり、韓国の大学内にある語学堂という場所で韓国語の基礎を学びましたが、数年間は韓国語があまり上達しませんでした。主人も日本語が話せるし、日本人の友達もたくさんいたからです。韓国語が話せるようになるまでは、韓国語で挫折や苦労を味わいました。

○韓国のグルメ情報

韓国料理は韓流ブームもあって、日本でも食べられる店が増えました。私も、日本に帰って韓国料理が恋しくなると韓国料理店に足を運ぶこともありますが、やっぱり「本場とは味が違う!」「ちょっと割高!」「キムチが美味しくない!」と思ってしまいます。韓国で食べる韓国料理はやっぱり美味しい!と思ってもらえるはずです。
韓国は日本よりもっと出前文化が発達していて、注文したりテイクアウトして家で食べることもありますが、焼き肉系や鉄板系はやっぱり外で食べるのが美味しいです。特に女の人はスイーツやカフェも是非チェックしてみてください。

マクチャンという名前のホルモン焼き

ジョッパル(豚足)とポッサムのセット。豚足は最初抵抗がありましたが、食べてみると
プルンとしたコラーゲン質の部分も美味しい。次の日はお肌ツルツル!

日本でもお馴染みのチーズタッカルビ。

○休日の過ごし方(小旅行等)

休日は韓国旅行をする人たちが行くような有名な観光スポットも行きました。大邱の日本語学院で働いたときにはじめて一人で済州島を旅行しましたし、ソウルなら明洞・仁寺洞・景福宮なども回りました。数年前から韓国はカフェブームなので、最近は景色がいいカフェやブランチが美味しいカフェを探して休日をゆったり過ごすことが多いです。

○これから日本語教師を目指すみんなへ

日本語教師は条件によっては報酬と労働が見合わない場合も多々あります。こんなに時間をかけて授業準備したのに、生徒にはあまり受けがよくなかったなと落ち込むこともあるかもしれません。生徒たちが楽しいと思える授業をするためには、まず教師自らが授業を楽しめるようにならなければなりません。

そこまでの余裕を感じられるようになるためには、ある程度の授業経験を積んで自分の授業に自信を持つことが重要です。機会があれば外国に出て日本語教師の経験をすると、学生たちからの学びたいという気持ちを直に感じることで教師側もいい刺激を受けられます。ぜひ日本語教師の夢を叶えてください。一緒に頑張りましょう!

大邱広域市(テグこういきし)は、大韓民国東南部の内陸にある広域市。人口は韓国で第4位。ソウル・釜山に次ぐ韓国第3の拠点都市である。大邱は2002年FIFAワールドカップ本選、2003年夏季ユニバーシアードを開催した経験をもとに、2011年大邱世界陸上競技選手権大会、2012年第93回全国体育大会、2013年大邱世界エネルギー総会が開催された。以降、2015年第7回世界水フォーラムを開催した大邱市は、水産業の中心地として位置づけられている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%82%B1%E5%BA%83%E5%9F%9F%E5%B8%82
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