日本語教師体験談(カナダ モントリオール)

世界の日本語教師体験談

〈応募の経緯・キッカケ〉


 私はカナダの語学学校に通っていた際の、日本人のエージェントの方に紹介していただいて、日本語センターの1つのクラスを担任させていただく事になりました。私もまさかカナダで日本語学校とは違う形とはいえ、日本語を教える場所で働ける事になるとは思いませんでした。

 私が、大学時代に日本語教育のメジャーを専攻しており、海外で日本語を教えてみたいという事を紹介していただいた方に話していたことがキッカケで、紹介してもらいました。

〈日本語センターってどんな仕事をするの?〉


 私も教師として働くのは初めてだったので、どんな仕事内容かはあまり分かりませんでした。日本語センターには幼児クラスから成人クラス(高校生レベル)があり、センターは週に1回の2時間だけの授業です。子ども達は、ハーフの子や、日本人だけどカナダに住んでいる子、お婆ちゃんが日本人で日本語を教えてあげたいという子など、様々な子がいます。そして、周りの先生方は何年もやっている方ばかりなので、とても緊張しました。

私は幼児クラスの7、8歳の子ども11人の担任させてもらいました。基本的には日本の小学校と同じように教科書(文部科学省から配布された物)を使用して授業をします。基本的に4技能を伸ばす為のセンターなので、国語の教科書を使用します。たまに、道徳の教科書を使用したりもします。2時間だけの授業なので、教科書の内容もしつつ、子ども達が飽きないように色々な工夫をしながら授業を進めました。漢字も楽しく覚えれるように、ゲームにしていました。

 授業内容は、前半に教科書に沿った内容で授業を進め、休憩を挟んだ後、後半には漢字練習や折り紙などをしたりしました。海外に住んでいるので、日本の行事などあまり家で体験できないこともセンターや授業の中に取り入れていました。ひな祭り、こどもの日、運動会なども日本と同じようにしていました。あられや、柏餅などもセンターの方が用意してくれ、子ども達に日本の文化に触れさせる機会もあり、楽しく日本の行事が体験できました。

〈カナダでの生活って?〉


 カナダでは、初めてシェアハウスに住んだり、一人暮らしをしました。外国に住んでみて思ったのは、生活していく上で、色々なところから情報を得ることが大事だなと思いました。シェアハウスでは他の国の方と住む機会があったので、違う文化を学んだりしました。時間があるときに、誰かがご飯を作りみんなに振舞ったりして、シェアハウスで過ごしていました。他に食事は、外食は高くつくので基本的には自炊をしています。カナダでは、レストランに行くとチップや税金が高いです。スーパーで買い物するときには、ポイントが貯まるところに行ったり、なるべく安い所で買ったりしていました。日本のものを買うときには、中国のスーパーや韓国スーパーで買っていました。
 
 私の住んでいるモントリオールでは、休日には色々なアクティビティや、フェスティバルなどのイベントが毎週あり、そのイベントなどに友人と参加していました。特に夏には、ジャズフェスティバルや屋外イベントがたくさんあります。1日中外で違うアクティビティをはしごできるので、それも楽しみの一つです。冬でも、夏ほどではないですが、冬のスポーツを楽しんだりできるので、1年を通して楽しめるところです。

1日中外で違うアクティビティをはしご

モントリオールは、小さいのでバスとメトロ(地下鉄)があればほとんどの所には行けるので、行動範囲は自然と広げることができました。OPUSカードというカードを買って、毎月80ドルほど(7000円くらい)で、バスとメトロは乗り放題です。そして、各駅で駅のデザインが違うので、それを見て回ったりしたりするのも楽しいです。

〈苦労したこと〉


・仕事編
 私は本当に初めての教師の仕事だったので、次の授業までに用意する資料は1週間かけて用意していました。授業中も、子ども達によってはひらがなとカタカナが完璧な子、完璧でない子がおり、統一して授業をするのは難しかったです。なので、アシスタントの方に入っていただき、授業についてくるのが難しい子の手助けをしてもらったりしていました。1つのクラスでも、子どもによってレベルが違うので、プリントが先にできた子は、アドバンスで少し難しいプリントをやってもらうようにしていました。他にも、私の受け持っているクラスと同じレベルのクラスがもう一つあったので、そのクラスの先生とたまに相談しながらレベルを合わせて授業をすることも最初は大変でした。

・生活編
 最初は言葉の壁がありました。なので、日本人の人たちと一緒にいることが多かったのですが、言葉を気にしていると始まらないと思い、イベントなどで現地の人と友達になり、英語やフランス語も以前よりも話せたり、理解することができるようになりました。
 食事の面でも、日本のものをスーパーなどで買うと2倍3倍の価格なので、現地のスーパーで代用できるものは代用して生活していました。最初のうちは、節約しながら自炊するのは自分では少し難しかったのですが、だんだんやっていくうちに楽しくなったのもいい経験だなと思いました。
 住むところは、日本のように不動産屋がないので、自分でネット検索をしてオーナーの方と連絡をとり、家を見に行かせてもらうのを繰り返し、最終的にはオーナーの方がどの人に住んでもらうか決めるので、もし自分がその家に住みたいと思っても、住めない時があったので、家探しが大変な時がありました。でも、日本人というだけで優先されることもあったので、お得な時もありました。

 モントリオールは、冬になると最低気温がマイナス40度近くなり、雪も158cmの私の膝ほどに雪が積もるので、最初は少しウキウキしたのですが、段々と歩くのが大変だったり、日本では味わえないような寒さなので、大変でした。

〈おわりに〉


  カナダに来たのは、語学勉強のためでしたが、私がやりたかった日本語を教えるという仕事をカナダでできるとは思わなかったので、とてもいい機会をもらえたなと思いました。しかし、実際に仕事をしてみてまだまだ拙い部分もあるなと凄く実感しました。
 これから日本語教師を目指す方は、日本でも少しずつでも色々な経験をして、国外でもその国でしか体験できないことがあると思うので、色々な経験をして勉強していってほしいと思います。

モントリオール市は、カナダではオンタリオ州のトロントに次ぎ人口・経済規模で第二の都市である[3]。ケベック州では最大の都市である。2015年、アメリカのシンクタンクが公表したビジネス・人材・文化・政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいて、世界第24位の都市と評価された[4]。

住民の大半がフランス系カナダ人を中心にしたヨーロッパ系だが、市内の人口の31.7%は非白人と世界各地からの移民も多い多民族都市である。

周辺地域を含むモントリオール大都市圏の人口は約400万人であり、これは北米で15番目、世界でも第77位の規模。面積は約4千km2。モントリオール大都市圏の住民の7割弱が第一言語をフランス語とし、フランス語圏ではパリとキンシャサ[5]に次ぐ規模である。

フランス文化の薫り高い異国的な雰囲気、美食の町、石造りの住宅街、街中にある数多くの教会、石畳のヨーロッパ調の旧市街の街並みなどから観光客向けに「北米のパリ」と宣伝される。一方では、都市圏の住民の1割強の第一言語は英語であり、19世紀の終わりから20世紀の始めにかけて英国系移民によって街が発展してきたことからヴィクトリア朝の建物が多いなど英国文化も色濃く残り、北米文化と混合している側面も持つ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB

カナダ 日本語学習者数

外国語の中での日本語の人気
 特に高等教育機関における日本語の人気は高く、履修定員を大幅に上回る履修希望者があり、多くの大学で多数の待機者が出ている。しかし、大学によってはビジネスコースの学生を中心に中国語やスペイン語に人気が集まっている。スペイン語については冬季の旅行先として南米の人気が高いことも一因としてあるようである。

https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/canada.html

日本語のネイティブ教師(日本人教師)の雇用状況とその役割


初等・中等教育では各州の教員免許が必要であるが、日本語を母語とする教師は3割ほど存在する。
高等教育においては、日本または北米の大学で日本語、日本研究、日本語教育、言語学、教育学の学位を取得した日本人教師が多い。
学校教育以外の語学学校では日本人教師が圧倒的に多い。

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