学生1万人のキャンパス
私は中国の吉林省長春市にある東北師範大学人文学院という私立大学に2010年8月から12月末までの5カ月弱日本語教師として赴任しました。その間、2年生から4年生までの135人の学生に対し、日本語や卒業論文の指導に当たりました。
東北師範大学人文学院は長春市郊外の浄月キャンパスに1万人の学生を擁し、市内に家がある学生も含め全寮制であり、私の所属した日本語言文化学院は1学年が200人の定員でした。4年まで800人の学生が日本語を専門に学んでいました。
中国の教育費
学費は年額13,000元(19万6千円/2020現在レート)、それに寮費が6人部屋で年額1,000元ということでした。毎年、9月に全額納入することが義務付けられておりました。学生の大半が一人っ子で、親の年収の半分が学費だと私の研究室(個室)によく来る3年生の学生が言っていました。
学生への仕送りは月1,000元(1万5千円/2020現在レート)が相場ということでしたから、子供のために親の年収のすべてが費消される勘定になります。それだけ家族のすべての期待を背負って、学生たちはそれぞれの地域から都市の大学にやって来ているのでした。ですから、親たちは食うや食わずで、大半が教育ローンを銀行や親族から借りて生活しているのだ、とも話してくれました。それだけ子供の教育には金がかかるようなのです。
もちろん、国立や準国立大学(省や都市がお金をだしている)の学費はもっと安いのですが、それでも子どもにかける教育費は大変な出費に違いないはずです。
就職難
しかし問題は、大学を卒業後の就職のことでした。吉林省の省都は長春市ですが、一流大学である吉林大学(学生数6万人)や東北師範大学(学生数5万人)でさえも就職難であり、学部の卒業だけでは優良企業や一流企業には就職できないということなので、いきおい大学院の修士課程に進学する傾向となっていました。大学院に進めば、それだけまた金がかかるということになります。
私が教えていた135人の学生のうち、男子学生は23人でした。つまり、女子学生は112人で男女比は1対5でした。学生はみな、将来に対する漠然とした不安を抱えていました。最も大きなのは就職問題でした。親が党幹部や政府関係職員、さらには一流企業の管理職の場合は、みな何とかなると比較的暢気なのでしたが、それ以外の大半の学生はほんとうに就職できるのか心配のようでした。
私が4年生の教え子と話した限りでは、就職について大学側は一切面倒をみないのだということでした。履歴書についても、大学側の用意した書類に記入させるだけで、とくに日本企業の特徴について説明することなどしないということでした。すべて、学生が就職説明会に自力で出席し、そこで面接をうけるというやり方であり、大学はその後についても関知しないようでした。
勉強熱心な学生たち
4年生になった9月に卒業までの授業料など納入しさえすれば、あとは卒業論文さえ出せば、学位を与えて終わりということでした。4年の後期(3月から7月)には授業はなく、8月の卒業式まで学生が個々に就職活動やインターンシップをすることになっていました。そのため、3年生や4年生は必死で勉強しているのでした。寮と教室と学食の往復だけで春節、夏休み、国慶節以外は家に帰らず、日本語の検定試験に合格すべく勉強しているのでした。日本の大学生とは比べものにならないくらい勉強熱心なのに驚きました。
私の研究室には、ひっきりなしに教え子の学生たちが質問や相談にやってきました。私は4年生や3年生に、日本の大学に留学することを積極的に進めました。就職希望の学生には、日本企業についての特徴と面接の留意点や注意事項を説明してあげました。
私が卒論を担当した8人の4年生のうち、大学院進学予定は4人で、3人が筑波大学の研究生から大学院受験を目指し、あとの一人は隣の東北師範大学の大学院を目指していました。4人の就職希望者のうち、ひとりは就職をあきらめ、日本の大学院留学の予備校に行くことに決めていました。残りの3人の就職は私が帰国した年末までには決まってはいませんでした。
感想
このように2010年に私が見た中国長春の学生は、一人っ子政策により、家族の期待を一身にあつめ、よりよい企業への就職とよりよい大学院へ進学を目指しながら、三食を学食でとりながら、寮や自習室、図書館、講義のない教室等で、寝る間も惜しんで勉強しているというのが、私の印象に強く残っています。あの勤勉さは、社会に出て、これからの中国を担う屋台骨としてきっとさらに成長していくと確信したのでした。
笹田隆志